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「Wolfram|Alpha for eBooks」は電子専門書籍を変える

土曜日, 5月 1st, 2010

「Wolfram|Alpha」は動的な百科事典

それでは、前回の続き──つまり、「Wolfram|Alpha for eBooks」が電子専門書籍をどう変えるのかについてお話しします。もっとも、「Wolfram|Alpha for eBooks」は「Wolfram|Alpha」のAPIにすぎません。その可能性について語る場合、Wolfram|Alphaとは何か、どんなサービスなのかについて、お話しした方が早いでしょう。

Wolfram|AlphaはWolfram Research社が開発した、次世代の検索エンジンです。「検索エンジン」という表現はIT Mediaのニュースに従ったもので、Wolfram|Alphaは2009年5月に一般公開されました。

ただし、GoogleやYahoo!のような一般的な検索エンジンとは大きく異なった点があります。それは、キーワードを入力した際、それを含むWebページを検索結果として返すのではなく、キーワードに付随する回答を返すということです。そのため、ウィキペディア日本語版では、Wolfram|Alphaのことを「質問応答システム」と表現しています。イメージとしては百科事典──それも、質問するたびに回答がダイナミックに生成される動的な百科事典──と考えていただいた方が近いかもしれません。

「Wolfram|Alpha for eBooks」が促す書籍の「Web化」

試しに、googleとWolfram|Alphaで同じキーワードを入力し、その結果がどう違うのか、比較してみましょう。残念なことに、Wolfram|Alphaはまだ日本語に対応していないので、英語で「glutamic acid」(アミノ酸の一種、グルタミン酸)と入力してみます。

googleの検索結果

googleの検索結果

Wolfram|Alphaの検索結果

Wolfram|Alphaの検索結果

googleの方は、ウィキペディア(英語版)の「Glutamic acid」の解説ページがトップに表示され、ベルリン自由大学、eVitaminsというオンラインショップの「Glutamic acid」の解説ページ、「Glutamic acid」の画像(組成式、構造式等)といった具合に結果が続きます。一方、Wolfram|Alphaの方は、冒頭部分に「化合物のグルタミン酸のことを尋ねられたと仮定しました」(意訳しています)という断り書きがあり、以下、組成式、構造式、3D構造、IUPAC名、分子量、融点、沸点等々グルタミン酸に関連した定性的・定量的な情報が網羅されています。一般の人にとってあまり必要な情報ではありませんが、専門家にとっては重要な情報ばかりであることがおわかりいただけるでしょう。それも、情報が1画面に集約されているのですから、これほど便利なものはないというわけです。

Wolfram|Alphaが有用なのは、理系のみにとどまりません。例えば、「toyota」で検索してみると、トヨタ自動車の財務データや株価の変動グラフなど、投資家にとって有用な情報が一覧されますし、「highest mountaion in Japan」(日本で一番高い山は?)と入力すると、富士山を筆頭に、日本で高い山のベスト5が列挙されます。

そして、Wolfram|AlphaのAPI(「Wolfram|Alpha for eBooks」)が電子書籍ベンダー向けにリリースされるということは、このWolfram|Alphaの機能を、電子書籍から自由に呼び出せることを意味します。先ほどの例で言えば、従来の出版物の場合、グルタミン酸の立体構造式は書籍ごとに図としてトレースしなければなりませんでしたし、グルタミン酸の物性値なども、文字としてその都度入力する必要がありました。しかし、Wolfram|AlphaのAPIを活用すれば、これらの文字を入力したり、図としてトレースしたりする必要がなくなります。単にAPIでWolfram|Alphaの機能を呼び出せば済むことですから──。

Webの世界では、1つの画面が様々なサイトの情報の集約によって構成されていることが珍しくありません。「Wolfram|Alpha for eBooks」は、書籍の「Web化」を促し、書籍の作り方を変える可能性を秘めているのです。

追記:
前述したように、Wolfram|Alphaはまだ日本語に対応していないので、そのAPIが公開されても、日本語の電子専門書籍上での利用は限定的にならざるをえません。Wolfram|Alphaが早く日本語に対応することを切に望みます。

専門書にとって電子化するメリットは大きい

木曜日, 4月 29th, 2010

電子書籍ブーム再来

Apple社がiPadを発表して以来、日本では電子書籍が再び注目されるようになってきました。

皆さんもご存じのように、日本でもかつて、松下やソニーが電子書籍専用端末を販売していました。両社が電子書籍専用端末を販売し始めたのは2004年ですが、コンテンツが少ない、専用端末として見た場合に端末価格が高すぎるなどの様々な理由から、端末は当時ほとんど売れませんでした。その結果、両社はこの市場から2007~2008年頃に撤退してしまい、今日に至るまで、日本では、携帯電話向けの電子書籍が独自の発展を遂げてきたのが実情です。

それでは、今回の電子書籍ブームは、一時的な流行に終わることはないのでしょうか? 電子書籍市場が本格的に立ち上がり、あらゆるジャンルの電子書籍が、年代を問わずにiPadのような端末上で読まれるようになるのでしょうか? これについてはすでに数多くの識者が論じているので、私が付け加えることは特に何もありませんが、理系出身で、専門書の編集も手がけているという立場から、ひとつだけ発言したいと思います。それは、専門家向けの本の場合、電子化するメリットが大きいということです(専門家向けの電子書籍を仮に電子専門書籍と呼ぶようにします)。

専門書が電子化されるメリット

理系の学生さんや研究者の方であればご存じのように、専門書の中には、やたらと分厚くて重い本が少なくありません。例えば、私が学生時代に購入した“Molecular Biology of the Cell”(初版本)は総ページ数が1200ほどあり、気軽に持ち運んで読むような代物ではありませんでした。また、私が編集協力した情報セキュリティのテキスト『CISSP認定試験公式ガイドブック』も同様で、トータル1100ページ以上あります。つまり、これらが電子化され、どこでも気軽に読めるようになることは、重い専門書の持ち運びに辟易している読者にとって、計り知れないメリットとなるわけです。

電子専門書籍の場合、紙の本では得られないメリットがもうひとつあります。それは、紙では不可能なことを表現することができ、教育上の効果も高いことです。

静止イラストだけではわかりにくい内容なら、映像や音声を交えて説明すれば、よりわかりやすくなるでしょう。また、立体図形をイメージするのが苦手な読者にしてみれば、オブジェクトを360度回転でき、どの方向からでも見られるようになっていたら、立体図形のイメージを把握しやすくなるはずです。電子書籍はアプリとして作り込むことも可能なので、入力する初期値を変えて、その結果を端末上でシミュレーションすることもできるでしょう。……いかがです? もうお気づきの方がいるかもしれませんが、これらのメリットは、「マルチメディア」という言葉が流行し、CD-ROMのメリットとして挙げられていたことと基本的に同じではないでしょうか。CD-ROMの制作も手がけたことがある私にとって、既視感以外のなにものでもありません。まさに歴史は繰り返す、です。

しかし、当時と決定的に異なるのは、iPadのように、指という人間にとって自然なインタフェースで端末を操作すること、高性能なモバイル端末が登場したこと、デジタルコンテンツをダウンロード購入する行為が一般化していることが挙げられるでしょう。また、ソーシャルメディアが爆発的に普及し、読者が相互にコミュニケーションしたり、「集う場」を組織化したりすることで、紙の本だけでは得られない「読書体験」を提供できるようになった点も大きいと思います。要するに、「超読書」とでも呼べるような新しい体験を受け入れる準備が、CD-ROM登場以降の十数年の間に、情報環境的にもそれと対面する私たちの側にもできていたわけです。

あとひとつ、電子専門書籍に限れば、米Wolfram Alpha社が今年の夏、「Wolfram|Alpha」のAPI(「Wolfram|Alpha for eBooks」)を電子書籍ベンダー向けにリリースすると発表したことも大きいでしょう。これについて書き始めるとまた長くなりそうなので、別の機会に触れるようにしますが、「Wolfram|Alpha for eBooks」は電子専門書籍を大きく変える可能性を秘めていると感じています。この点を最後に記し、今回は筆を擱きます。

参考: